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最高裁判所第三小法廷 昭和42年(オ)576号 判決

上告人

阿弥陀寺

代理人

長谷山正観

被上告人

有限会社

松尾企業

代理人

安田幹太

安田弘

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人長谷山正観の上告理由第一点について。

宗教法人法(以下、法という。)は、宗教法人の財産の保全を図り、それが不当に処分されることを防止する目的で、二三条本文において、宗教法人が同条各号に掲げる行為をしようとするときは、規則で定めるところ(規則に別段の定がないときは、法一九条の規定)による外、その行為の少くとも一月前に、その行為の要旨を公告しなければならない旨規定している。換言すれば、法は、宗教法人が、その財産の管理処分などに関して必要な規則を定めることを予定し(法一二条一項八号参照)、規則に別段の定がないときは、宗教法人の事務は、責任役員の定数の過半数で決することとして(法一九条)、濫りに不当な処分が行なわれないように配慮するとともに、さらに右公告をも要求し、これによつて事前に信者その他の利害関係人にも行為の要旨を周知させることとして万全を期しているものと解される。そして他方、法は、右のような規制にもかかわらず、所定の手続を踏まないで処分が行なわれた場合を考慮して、法二四条の規定を置き、同条本文に掲げる重要な財産について、右二三条の規定に違反してした行為は、法律上もその効力を生じない旨規定し、もつて宗教法人の財産を保全する趣旨の徹底を期し、ただ取引安全の見地から、善意の相手方または第三者に対しては、その無効をもつて対抗できない旨規定している(二四条但書)のである。

そうすると、宗教法人が、法二四条本文に掲げる財産を処分するに当たつてした法二三条の公告が、その時期、期間などの点において、法および規則の定と相違するところがあるからといつて、直ちに当該行為が無効となると解することは、法の趣旨に合致するものといえず、行為が有効か無効かを判断するに当たつては、公告によつて行為の要旨を信者その他の利害関係人に周知させ、不当な処分を防止しようとする法の趣旨が維持されているかどうかを考慮することを要するものというべきである。

これを本件についてみるに、原判示によれば、上告人は、本件売買契約の締結について責任役員の承認を得、門徒総代に諮問したうえ、本件土地の処分について本堂に法二三条所定の公告をし、かつ、その間、責任役員はもとより総代、門徒らからも何らの異議が存しなかつた事実を推認するに難くないというのであるが、その意味は、上告人は右処分の要旨を信者その他の利害関係人に周知させるに足りる公告をした旨認定しているものと解せられ、原判決挙示の証拠によれば、右認定判断は首肯するに足りるのである。そうすれば、公告を規定した前示法の趣旨は、なお維持されているとみられるから、右公告のされた時期について、右二三条の規定と若干相違するところがあつたとしても、右処分行為の効力に影響を及ぼすものではないというべきである。論旨は、右と異なる見解に立つて原判決を非難するもので、採用できない。

同第二点および第四点について。

所論は、本件売買契約は、総長の事前の承認がないから無効であるというべく、被上告人は、右事前の承認がないことを知つていたのであるから、上告人は右無効をもつて被上告人に対抗できる旨主張する。

法二三条本文が、宗教法人は、同条各号に掲げる行為をしようとするときは、規則で定めるところによるべき旨を規定していること、上告人が、その規則二八条二項において、上告人の境内地および境内建物その他重要な財産を処分しまたは担保に供しようとするときは、総長の承認を受けなければならない旨規定していることは、所論のとおりである。しかし、前示法の趣旨によれば、所論のように、右総長の承認は、必ず当該行為の前にこれを受けなければ、右行為は無効であつて、のちに総長の承認があつても有効とならないと解すべき理由はない。けだし、行為ののちであつても、総長の承認があつた以上、宗教法人のためにこれを無効とすべき何らの理由もなく、右承認のときから有効となると解するのを相当とするからである。したがつて、事前の承認を前提とする所論は賛成できない。そして、原審の認定によれば、本件売買契約については、右総長の承認がないというのであるから、右契約は無効であるといわざるをえないが、原判決が適法に確定した事実関係のもとでは、被上告人は、上告人の総長に対する承認申請が許可にならなかつたことを知らず、むしろ右総長の承認がされたものと信じていたのであり、また、かように信ずるについて相当の理由があつたものである旨、したがつて上告人は右無効をもつて被上告人に対抗できない旨の原審の認定判断は、是認できる。論旨は採ることができない。

同第三点について。

所論は、法二四条但書は無効である。けだし、右二四条によれば、宗教法人は、同条本文に掲げられた物件以外の物件についてした行為の無効は、これをもつて悪意の相手方または第三者に対しても対抗できないから、宗教法人よりも悪意の相手方または第三者を保護することになり、公共の福祉に反する旨主張する。

しかし、元来同条は、右本文に掲げられた物件以外の物件に関してされた行為については適用がないと解すべきであるから、右行為が法二三条の規定に違反してされた場合であつても、そのために無効となるものではなく、したがつて相手方らに対し無効をもつて対抗するということもないのである。そうすると、右所論は、すでにその前提において失当であるというほかはないから、理由がない。

法二四条但書は無効であるとの論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(松本正雄 田中二郎 下村三郎 飯村義美)

《参考・控訴審判決の理由(抄)》

かくの如く、総長の事後承認もまた有効であると解するとすれば、宗教法人の境内地の売買につき、その買受人が、契約締結後に総長に対する承認が不許可となつたことを知らず、むしろ承認がなされたものと信じ、またかく信ずるについて相当の理由があると認められる場合には、爾後、宗教法人は、かかる相手方に対し、総長の承認の欠缺、したがつて境内地処分の無効をもつて対抗することを得ないものと解するのが相当である。これを本件について見るのに、前掲各証拠を総合し、しさいに検討してみると、次の諸事実を認めるに充分である。すなわち、本件土地の売買に当つて被控訴人は、控訴人寺院の責任役員、信徒総代その他の者から再三にわたつて控訴人寺院側の内部的な一切の手続は、控訴人の責任においてこれを処理する旨告げられていたこと。被控訴人は、控訴人代表者から本件土地処分について宗派の総長の承認を必要とすることを告げられ、その承認申請書に買主として署名捺印したうえこれを控訴人代表者に交付したこと。被控訴人は、控訴人代表者から、右申請書は速かにこれを本山に提出する旨を告げられ、控訴人代表者においては、事実、これを本山の教務所に持参提出したこと。被控訴人においては、本件売買契約締結と同時に売買代金のうち金一、〇〇〇万円を支払つたほか、前記承認申請書の不備が指摘され控訴人代表者がこれを持ち帰つた後(控訴人代表者がこのことを被控訴人に告げずに黙否していたこと後記のとおりである。)、さらに控訴人に対して、うち金二〇〇万円を支払い、控訴人は異議なくこれを受領したこと。控訴人においては、右金一、二〇〇万円をもつて、控訴人寺院の移転先である佐世保市祗園町八六番地一、山林等一一筆合計約一、四〇〇坪の敷地を購入してその整地工事に着工し、本件土地上に存した庫裏等の移転を終了したこと。その間総長の承認の無いことにつき何ら問題となつた形跡の存しないこと。しかして、以上の諸事実に原審における被控訴人代表者本人尋問の結果を総合すれば、控訴人が前記承認申請書を本山の教務所に持参提出し、書類不備のためこれを持ち帰つた時点において被控訴人は、総長に対する承認が許可にならなかつたことを知らず、むしろ承認がなされたものと信じていたものであり、また、かく信ずるについては相当の理由があつたものと認めるのが相当である。〈中略〉

そうすると、控訴人は、宗派の総長の承認が無いことを理由として被控訴人に対しては、本件売買契約の無効をもつて対抗することを得ないものというべく、前記控訴人の主張は採用の限りではない。 〈後略〉

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